#1-2 北海道胆振東部地震の中で生まれた生業(なりわい)|とくしゅう
出張カレー試(こころみ)|北海道・恵庭市
2018年9月6日に発生し、北海道の観測史上初となる震度7を記録した「北海道胆振東部地震」。最大の被害を受けた北海道厚真町では、死者37名の被害を記録し、地域に大きな爪痕を残しています。
地震当時、「厚真町地域おこし協力隊」として活動していた村上紗希(さき)さん。復興活動で疲れた町民を、自分の料理で元気付けるためにはじめた活動が、自身の生業となりました。今回は、村上さんから活動に対する想いを伺いました。
TOP写真は栗山で1番人気の「バターチキンカレー」。写真は同じく人気メニューの「鶏肉と原木椎茸のほろほろカレー」。鶏肉をホロホロするために4〜5時間じっくりと煮込んでいる。玉ねぎピクルスは栗山の井澤農園の赤玉ねぎを使用しており、調理法や産地にはこだわりをみせる。
当初はライター志望だが、地震の経験を経て
村上さんは北海道恵庭市の出身。札幌市でフリーペーパーの広告営業の職に就いていましたが、自身の経験を活かすため、厚真町ローカルベンチャースクールに参加。2018年4月に地域おこし協力隊として活動を開始します。
当初は「厚真町の魅力を伝えるライターになる」として、地域に取材に出向き、ライターとして活動していましたが、食べ歩きを趣味としており、ライター活動の傍らで、厚真で間借り形式で居酒屋を出店することになりました。
初めて出店は、地震の前日である9月5日。楽しいひとときを過ごし、手応えを掴んだ矢先、北海道胆振東部地震が発生します。村上さん自身も地震被害にも遭いつつも、厚真町の農家も大きな被害を受けている状況を目の当たりにしており、特に交流のあった堀田農園の原木椎茸の惨状を見たことで、村上さんの心の中で変化が生まれます。
復興に向けて精力的に活動している厚真町民。肉体的にも精神的にも疲労困憊の体では、料理を作るという行為にまで、なかなか手が回らないというのが現状です。村上さんは、厚真の食材を使った自分の料理を振る舞うことで、少しでも助けになればと考え、オリジナルカレー第1号となる「まめぶたカレー」を制作します。
原点となった「まめぶたカレー」。小豆は厚真町、豚肉は北海道苫小牧市のブランド豚「B1とんちゃん」を使用し、5〜6時間かけてじっくり煮込んでいる。村上さんの女性にやさしいカレーを作る、という目的もあってか、鉄分とポリフェノールが多く含まれるカレーだ。(写真提供:村上紗希)
その後も継続的にカレーを提供し続けたことで、この活動自体を生業にできないかと模索することになります。協力隊の活動として、2019年3月から「出張カレー試」としてスタートします。
村上さんは、活動の傍ら「あつま災害エフエム」のパーソナリティとして開局当初から放送に携わり、町民に声を届けていた。(写真提供:厚真町)
消費者にも挑戦してもらいたい味を目指して
「出張カレー試」の由来は、村上さんの挑戦心(試)から来ています。じっくり煮込んだカレーが多いのは、町民や災害ボランティアに好評だったこともあり、自然と煮込みカレーが多くなった、と言います。出店前は「仕込み日」として長時間をかけて煮込んでおり、仕込みだけでも1日仕事ということもしばしば。
食材にもこだわりを見せており、協力隊時代は「厚真でとれるものを固定じゃなくて、いろいろ試してみたい」という想いが強かったようですが、恵庭に戻った現在は、厚真産の食材を軸に、恵庭近郊の食材を積極的に利用しています。
「試」にはもう一つ意味を持ちます。「お客様も『試み』を持って食べてもらいたい」という、村上さんの強い想いです。村上さんが作るカレーは、いずれも思案を重ねた創作カレーであり、間借り先では、毎回異なるカレーを楽しみに挑戦してくる方も多いのだとか。
ヤムズキッチンの場合も、メインのカレー以外に「相い掛けカレー」があり、その相い掛けカレーが、村上さんの「試」を表現する場所となります。
相い掛けカレーは、メインのルウのお供として「ちょこっとカレー」の名称で提供している。撮影日(9月14日)は「黒胡椒キーマ」だった。
ライター気質のカレー屋の今後
ヤムズキッチンでは火曜日に月1~2回出店している「出張カレー試」。栗山以外では、恵庭市のイタリアレストラン「ラ・ステラ」で毎週木曜日の昼、千歳市では「やきとり米澤」で毎週日曜日の昼に、間借り出店しています。
札幌市でも出店の引き合いもあったが、コロナ禍もあり見送る形になったという。間借り以外でも状況を見つつ、地域のイベントにも出店しており、10月は、栗山の隣町・長沼町のイベントにも出店した。
自分を「根無し草」と、ライター気質が抜けない村上さん。コロナ禍が収まれば、道内各地を回り、地元の訳あり食材やあまり使われていない食材をベースに、地域で驚かれるような料理を振る舞いたいと、語ります。
※ 本稿は、2021年8月24日及び9月14日に行った取材をもと、広報くりやま2021年10月号に掲載した内容を補完したものです。
文章・写真:望月貴文(地域おこし協力隊)