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#7 地域とデジタルをつなぐファブラボの現場|とくしゅう

2019年10月から、あさひ工房に拠点を構える「ファブラボ栗山」の運営支援員として活動した、地域おこし協力隊の岡佑樹(ゆうき)さん土山俊樹(としき)さん。

2022年9月末をもって3年間の任期が満了し、活動を終えた2人は一緒に合同会社ジモトファブを設立した。引き続き栗山で、デジタルファブリケーション(デジタル工作機械)によるものづくりの最前線に立ち続ける――これまでとこれからの話しを聞いた。

大きな宝となった1年間の鎌倉研修

撮影:西村さやか

合同会社ジモトファブ(元地域おこし協力隊)
岡 佑樹さん =神奈川県出身=

岡さんは神奈川県出身。以前から興味のあった「ファブラボ鎌倉(神奈川県鎌倉市)」のサイトを見たときに、栗山町の地域おこし協力隊の募集が掲載されていたことを知り、栗山町に興味を持ったという。

説明会に参加し、以前から行っていたものづくり活動が継続できること、今後やっていきたかったワークショップの開発や実践が栗山の地でできそうだと思ったこと、実際に栗山町に訪れた際、とても良い環境の中で活動ができると感じ、応募に踏み切った。

撮影:西村さやか

合同会社ジモトファブ(元地域おこし協力隊)
土山 俊樹さん =札幌市出身=

土山さんは札幌市出身。大学卒業後、札幌市内のファブ施設で働いていたが、職場の先輩から「栗山町にファブ施設を作る計画がある」という話を聞き入れ、あさひ工房で行われたワークショップに参加したことが、栗山町と関わるきっかけとなる。

その後、担当の職員から「ファブ施設を作るスタッフに応募しないか」と声をかけられて説明会に参加した。土山さんも岡さんと同じく、ファブラボ鎌倉での研修内容や研修後の栗山町でのプロジェクトに魅力を感じたこと、家族にも背中を強く押されたこともあって、栗山町へ移住を決心したという。

2人は任命後、ファブラボ鎌倉へ1年間の研修に向かった。研修では様々な工作機械の操作を学んだほか、他の都市にあるファブ施設の視察も行った。またアメリカにてオンラインで開かれる「ファブアカデミー」(後述)に受講し、半年間に渡りデジタルファブリケーションの基礎を学んだ。

授業では、ものづくりに関する専門的な内容が全て英語で行われる。二人は、言語や技術の問題に加え、毎週出題される課題に向き合わなければならなかった。

特に「ドキュメンテーション」[1]と呼ばれるレポートの作成に多くの時間が使われたようで、土山さんは「鎌倉では、ストレスでめちゃめちゃ太りましたよ(笑)」と語るほど、研修期間は想像していたよりも困難な現実に直面することも多かった。

画像提供:土山俊樹

その際は、お互いの存在はもちろんファブラボ鎌倉のスタッフやインストラクターに随分と助けられた。加えて、他の受講生や研修の合間を縫って赴いたファブアカデミーの卒業生たちと意見を交わすことで、高いモチベーションを維持できたという。

ファブアカデミーと鎌倉研修を終えて

ファブアカデミー卒業の条件として、自らの手で「卒業作品」を作らなければならない。

岡さんが制作したのは、栗の形をした小型LEDランプ「ワイヤレス・チェスナット・ランプ」。「街灯のない場所に置き、夜道も安心して歩けるようにする」というコンセプトで作ったという。見た目はシンプルだが「メッシュネットワーク」[2]という技術を使い、無線接続で複数のランプがお互いの光り方に影響を与える設計としている。

wireless chestnut lamp (動画元:FabLab Kuriyama β)

土山さんは、イヤリング型のデバイス(感光装置)「光彩(こうさい)」を制作した。より多くの人にデジタルファブリケーションに関心をもってもらえるよう女性をターゲットに、お祭り会場でも違和感なく装着できるよう浴衣に合うデザインに設計した。周囲の音や光とデバイスが連動することで、イベント会場と参加者が繋がることができる。

光彩 –KOSAI– (動画元:FabLab Kuriyama β)

2人は、制作発表を経て無事アカデミーを卒業した。岡さんは「オンラインとオフライン、二つの環境をうまく両立して世界規模の学習環境を生み出しているファブアカデミーを、実際に体感できたのがよかったです。短期間で莫大な量の学習をしなければならなかったため疲れましたが、様々な技術に触れることができたので、とてもためになりました」と語る。

土山さんは「とにかく大変でしたが卒業できてよかったです。アカデミーや研修を通じて、これまで経験の少なかった技術を幅広く身に付けることで、これまで持っていたデジタルファブリケーションの見方や、ものづくりに対する考え方が大きく変わりました」と語った。

ファブラボ鎌倉での研修も終え、大きな成長を遂げた2人は、2020年11月に栗山町へ戻ってきた。

画像提供:土山俊樹

ファブアカデミーの修了証を持って記念撮影

注釈
[1]文献や資料・証拠書類などを提示すること
[2]デバイスの集団が「 1つの Wi-Fiネットワーク」として動作する仕組み


世界中にネットワークを持つMIT発のファブラボ

ファブラボは一見すると、ほかのファブ施設と同じように「電動のこぎりや電動ヤスリといった木工機械に、3Dプリンターやレーザーカッター、刺繍ミシン、UVプリンターなどのデジタルファブリケーションが加わった工房」とも見て取れるが・・・それは単なる一側面に過ぎない――少しルーツを追ってみたい

ファブラボのルーツはアメリカから

ファブラボは「ものづくり市民工房」とも呼ばれているが、そのルーツはアメリカ・マサチューセッツ工科大学(以下、MIT)のニール・ガーシェンフェルドク教授(以下、ニール教授)が、2002年前後に「デジタルファブリケーションの技術が、社会にどのような影響をあたえるか調査・検証をしようとした」ことにある[3]。

画像提供:岡佑樹

ファブアカデミーの発表会の様子

当初は、MITの外にファブラボをつくろうを考えていたようだが、アメリカ・ボストンのスラム街やインドやガーナの小さな村などに実験的に工房をオープンした。すると、そこに住む人たちが集まり「寺子屋」のような形で、一緒にものづくりを教え合い、学び合う自主的なコミュニティとして生まれたことに、ニール教授は驚かされることとなる[4]。

これらの経験からニール教授は、ファブラボは「発展から取り残されている地域ほど最先端のテクノロジーを必要としている」[5]と判断し、国際会議の場でファブラボを「デジタル工作機械を備えた市民工房の国際的なネットワーク[6]」と定めた。

その考えは世界中に波及していくことになり、現在は約120カ国・2000ヵ所を超えるネットワークとして、ファブラボは世界中に広がっている。[7]

画像元:Fablabs.io

ファブアカデミーによる人材の育成

ニール教授は人材育成にも余念が無い。彼の授業の中に「ファブアカデミー」がある。「(ほぼ)あらゆるものをつくる」をコンセプトとして学ぶオンライン講義[8]で、各国から200名程度が参加し、3Dのモデリングや回路の設計、プログラミングなどモノをつくるあらゆる技法を学ぶ。

前述のとおり、岡さんと土山さんはこの講義を受講し、デジタルファブリケーションの基礎を学んだ。2021年10月には、新たに塩脇来実(くるみ)さん鈴木敦文(あつふみ)さんが、栗山町の地域おこし協力隊として加わり、先輩たちの指導のもとファブアカデミーの門をたたいた。現在、栗山町は4人のファブアカデミーの卒業生が在籍している。

注釈
[3]田中浩也(2012) p.22
[4]田中浩也(2012) p.21
[5]ニール・ガーシェンフェルド(2006) p.25
[6]田中浩也(2012) p.21
[7]FAB ACADEMY JAPAN HP
[8]Fab Foundation HP


Interview

仲間の支えもあり難題を乗り切る

撮影:西村さやか

地域おこし協力隊 ものづくりDIY工房運営支援員
塩脇 来実さん =東京都出身=

応募当時は、海外の大学院への進学が決まっていましたが、新型コロナウイルスの影響もあり他の道を模索していたとき、栗山町の地域おこし協力隊の募集を知りました。
 
ファブアカデミーでは、臭いセンサー付きバッグ「ラブ・ノーズ」を作りました。「栗山町の人口減少」という課題と「匂いを使って遺伝子的に合う相手を探すことができる」という情報から着想を得たもので、センサーで匂いで識別し、客観的に匂いで相性を判断するバッグです。

毎週、決められた時間内で課題をこなしていくのは容易ではありませんが、一緒に課題に取り組む仲間が近くにいたことや、インストラクターのサポートを受けられたことで、行き詰まった難題にも乗り切ることができました。

今後は、新たな地域課題の解決に向けて栗山で活動をしているクリエイターにお話を伺い、冊子にまとめるという活動を行ない、地域とアートとは何か考えるきっかけをつくりたいです。

Love nose (動画元:FabLab Kuriyama β)

AIの仕分け装置を作り、町の困りごとの解決へ

撮影:西村さやか

地域おこし協力隊 ものづくりDIY工房運営支援員
鈴木 敦文さん =神奈川県出身=

以前からデジタルファブリケーションにとても興味があり、ファブラボで働きたいと思っていたところ、栗山町の募集を見てすぐに応募しました。

ファブアカデミーでは、自動分別機「AI ソーター」を制作しました。カメラで画像認識したものを事前に学習させたAIによって仕分をする機械で、ゴミの分別をはじめ、ペットボトルキャップの色分けや野菜の規格を仕分けることにも応用できるように考えました。

約半年間、デジタルファブリケーションの基礎を学習でき、毎週の課題に追われながらも、幅広い技術を身に付けることができました。また、ラボのたくさんの方々と関わった経験は、今後の自分が歩むものづくり人生にも深く影響していくと思います。

卒業後は、商店街の活性化や農作業の自動化など、栗山町の困りごとなどを調査して、デジタルファブリケーションで解決の糸口を掴むプロトタイプを開発し、実際に活用していくことを目標としています。

AI sorter (動画元:FabLab Kuriyama β)

多くの卒業生がいる栗山に期待

画像提供:渡辺ゆうか

ファブラボ鎌倉 代表 渡辺 ゆうかさん
多摩美術大学環境デザイン学科卒。
都市計画、デザイン事務所を経て、2011年5月東アジア初のファブラボのひとつである「ファブラボ鎌倉」を慶應義塾大学の田中浩也教授と共同設立。
2012年よりファブラボ鎌倉の代表を務める。

ファブラボには「これまでの考えの『デザイン』の枠を飛び越え、自由になれる自分がいました。デザインのあり方そのものを拡張させ、それまでのデザイナーの職業領域を拡げてくれるのではないか」という直感に動かされた形で、これまで住んだことのない鎌倉へ飛び込みました。

活動から10年が過ぎ、嬉しかったことの一つは、初期のラボに通っていた鎌倉の子どもたちが、難関大学の理工学部に入学したことです。ファブラボ鎌倉にあるコミュニティの中で、一人の子どもの将来への足がかりとなったことを誇りを感じています。

ファブラボ鎌倉では2015年からファブアカデミーの受講生を受け入れています。現在23名が修了し、そのうち4人が栗山町で活躍しています。自治体が中心となり人を育むファブラボの取り組みに、私も強く期待しています。


ファブラボ×まちの課題

「ファブシティ」として名乗りを上げた鎌倉市

ファブラボ鎌倉の地域に根付く活動の中で、一つの変化が訪れた。鎌倉市が2018年7月にフランス・パリで開かれたファブシティサミットの場で「ファブシティ宣言」を行ったことだ[9]。

鎌倉市Fab City宣言 (動画元:鎌倉市公式チャンネル)

ファブシティ宣言は「持続可能な社会をテクノロジーや地域資源を活用し、そこに暮らす市民ひとりひとりが創造的なスキルを身につけて実現を目指す」[10]と宣言するもので、パリのほかスペインのバルセロナ、オランダのアムステルダムなど世界12ヵ国18都市が宣言しており、日本では鎌倉市が初めての宣言都市となった。鎌倉市は総合計画の中にも「ファブシティ宣言」を明記しており[11]、市が主体となってファブラボ鎌倉と連携することを意思表明をしている。

自治体には多くの課題があり、日本有数の観光都市である鎌倉も例外ではない。鎌倉市では、自分たちが持つ課題をどのようにファブラボの中で解決できるか模索している。

鎌倉市は2022年から「ファブシティ推進事業」という取り組みを始めた。この事業を通じて「これまで市民が個人レベルで関わってきたものづくりから、事業を通じて自分たちの裾野が広げ、自ら手で地域課題を解決する人へと成長し自分たちや地域が抱える課題を自分たちの手で解決できる人材の育成」を目指している。

地域の特定課題にファブラボが対応できるか

ファブラボ鎌倉以外にも東京都品川区にある「ファブラボ品川(東京都品川区)」では「ファブ×福祉」をテーマに、障がい者や介護者の困りごとを自分たちの手で解決する「自助具(生活便利用具)」を考える機会を設けている。

このように地域の特定課題の解決方法として、それぞれのファブラボが存在感を増している。これからはファブラボ単体ではなく、行政や研究機関、企業との連携が増えていくと予測されており、前出の渡辺さんも「福祉や地域資源、防災といった自治体が抱える課題に対して、どのようにファブラボが機能していくのか、今後のファブラボ運営で重要な視点と考えています。ただ、自分たちが持っていない活動の領域に携わっていくことになるので、活動したい内容と食い違いがないか、見極める必要もあります」と話すことから、先陣を切るファブラボ鎌倉も、大きな転換期を迎えていると言えるだろう。

地域課題の解決を担うファブラボ栗山の役割

ファボラボ栗山は、鎌倉から戻った岡さんと土山さん、そして塩脇さんと鈴木さんを加えた4人で、栗山町の課題を活動の中で探っている。

ファブラボ品川の事業にならい、北海道介護福祉学校と連携して授業の一環と学生たちと一緒に「自助具」の開発を行ったほか、栗山町図書館では本に載っている作品を3Dプリンターで作り出し、見て・触れるイベントを開いたり、町内のイベントのブースでデジタルファブリケーション制作したものをPRしたりしている。

画像提供:土山俊樹

介護学生が自助具のイメージを紙粘土で作る

画像提供:土山俊樹

子どもたちに3Dプリンターの使い方を教える

最後に、これからの活動について二人に聞いた。

土山さんは「引き続きファブラボ栗山の運営をしながら、町内の課題解決を担う人材育成やプロジェクト開発などを行う予定です。将来的には町内外の人がファブアカデミーを受講できるようにインストラクターとしてサポートしたり、地域資源を活用した事業やプログラミング教室などの教育事業、クリエイターと連携したワークショップ開発なども行いたいです。都心では放課後の時間帯にプログラミングが学べる教室がいくつかありますが、地方では気軽に通える距離に環境がないのが現状です。彼らの『選択肢の一つ』になれるような場所として、サービスを提供したいと思います」と語る。

岡さんは「地域が抱える課題を、プロジェクトして取り組んでいけるコミュニティを生み出すお手伝いをしていきたいです。私自身が率先して課題に取り組むこともあるでしょうし、同じような思いをもった人を手助けすることもあると思います。例えば、廃プラスチックなどの『地域で得られる資源』を活用したものづくりなどを実施することを考えていて、大勢の人に関わってもらい、時間をかけながらアップデートしていくことで、地域の課題解決につなげられるといいなと思っています。」と語った。

画像提供:土山俊樹

注釈
[9]鎌倉市HP
[10]ファブラボ鎌倉より確認
[11]鎌倉市(2020)

参考文献
鎌倉市(2020)「第3次鎌倉市総合計画第4期基本計画(概要版)」
ニール・ガーシェンフェルド著・糸川洋訳(2006)「ものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明け」ソフトバンククリエイティブ
田中浩也(2012)「FabLife デジタルファブリケーションから生まれる『つくりかたの未来』」オライリージャパン
鎌倉市HP「Fab Cityの推進 ~誰もがテクノロジーで「課題解決」を身近に感じるまちへ~
FAB ACADEMY JAPAN HP「FAB ACADEMY とは
Fab Foundation HP「Labs

※ 本稿は、2022年10月6日の取材及び参考文献をもとに、広報くりやま2022年11月号で掲載した内容を加筆しています。

文章:望月貴文(地域おこし協力隊) 写真:西村さやか(同左)

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